歌うときの正しい舌の位置と形
歌うときの舌の使い方で最初に押さえたいのは、「何もしていないときの舌の置き場所」です。歌う時の舌の位置が安定していると、母音の響きがそろい、声が口の中でこもらずに前へ抜けます。反対に、舌が奥へ引っ込んだり盛り上がったりすると、口の中の空間が狭くなり、声が詰まったような音色になります。まずは基本の位置と形を体で覚えましょう。
基本となる正しい舌の位置
歌うときの正しい位置は、次の3点がそろった状態です。
- 舌先は下の前歯の裏に軽く触れている:押しつけず、そっと添える程度。母音を歌っている間はここが定位置です。
- 舌の中央はなだらかで、ややくぼんでいる:スプーンの背を少し伏せたような形で、上あごとの間に空間が残っています。
- 舌根(舌の奥・付け根)は奥へ押し込まず、自然に下がっている:あくびの入り口のように、喉の奥が開いた感覚です。
確認するときは、鏡の前で口を縦に開けて「あー」と伸ばしてみてください。下の前歯の裏に舌先が見え、舌の奥が盛り上がって喉の奥をふさいでいなければ、おおむね正しい舌の位置です。舌の奥が山のように盛り上がって口の奥が見えない場合は、舌が上がっているサインです(対策は後の章で解説します)。
母音ごとに変わる舌の形
舌の位置は「固定」ではなく、母音に合わせて形が変わります。ポイントは、舌先の定位置(下の前歯の裏)は保ったまま、舌の中央から奥だけを動かすことです。
| 母音 | 舌の形 | 歌うときの注意 |
|---|---|---|
| あ | 全体が低く平ら | 舌根を奥へ押し込まない |
| い・え | 中央が前寄りに上がる | 舌先まで持ち上げず、口の奥の空間を残す |
| う・お | 奥がやや上がる | 舌が引っ込みやすいので舌先を前歯の裏に残す |
「い」で声が細く平たくなる人は、舌の中央だけでなく奥まで持ち上げていることが多いです。舌の形を変えるのは最小限にして、口の中の空間をなるべく一定に保つと、母音が変わっても音色がそろいます。
歌が上手い人の舌の位置と使い方の共通点
歌が上手い人の舌を観察すると、目立つ動きがほとんどありません。歌詞を話すように発音しているのに、口の中を覗くと舌先はいつも下の前歯の近くにあり、舌の奥は落ち着いています。上手い人ほど舌の位置が安定していて、子音を発音する瞬間だけ素早く動き、すぐ元の位置に戻るのが特徴です。
つまり、歌うときの舌の使い方のコツは「動かす」より「余計に動かさない・固めない」ことにあります。子音で動く→母音で定位置に戻る、というリズムを作れると、発音がはっきりするうえに声の響きも崩れません。お手本にしたい歌手の歌唱動画を、口元に注目して見てみるのもよい練習になります。
舌に力が入る原因と舌の力を抜く方法
歌っていると舌に力が入る、舌が硬いと感じる――これは歌の悩みの中でも特に多いものです。舌が力むと、舌の奥が盛り上がって喉の出口をふさぎ、声がこもる・高音が詰まる・歌詞が不明瞭になるといった問題がまとめて起こります。まずは原因を知り、そのうえで舌の力を抜く方法を練習しましょう。
歌うときに舌に力が入る主な原因
舌は単独で力むことは少なく、ほとんどの場合、ほかの部位の頑張りを肩代わりして力が入ります。
- 息の支えが足りない:お腹まわりで息の量をコントロールできないと、喉や舌で息をせき止めて声を安定させようとします。
- 顎や喉が力んでいる:舌は顎の骨や喉の上部(舌骨)につながっているため、顎を噛みしめたり喉を締めたりすると、舌も一緒に硬くなります。
- 高い音・大きな声を押し出している:出しにくい音を力で出そうとすると、舌の奥を持ち上げて喉を狭め、無理やり音程を作ろうとします。
- 発音をはっきりさせようとしすぎる:子音を強く当てようとして、舌全体に力が入る状態です。
力が入ると舌は疲れるので、「歌うと舌が疲れる」「舌の付け根がだるい」という感覚も、力みのサインと考えてください。
舌の力を抜く方法(脱力の手順)
舌の力を抜く方法は、「舌だけを直接ゆるめる」より「舌が頑張らなくていい状態を作る」ほうがうまくいきます。次の順番で試してください。
- 舌を出して脱力する:舌を下唇の上にだらんと乗せ、そのまま「はー」と息を吐きます。舌が下唇の上で平たく広がれば脱力できています。
- 舌を出したまま声を出す:舌を下唇に乗せた状態で「あー」と楽な高さで声を出します。舌が引っ込もうとする感覚があれば、そこが普段力んでいるポイントです。
- ゆっくり舌を口の中へ戻す:声を出したまま舌を口の中に戻し、舌先を下の前歯の裏に置きます。1で感じた脱力感をできるだけ保ちます。
- そのまま歌詞を母音で歌う:歌詞を母音だけ(例:「あいあう」)で歌い、舌が盛り上がらないかを鏡で確認します。
あわせて、顎の脱力も効果的です。耳の前(顎の関節)を指で軽くほぐし、口を「ぽかん」と開けたまま下顎の重さを感じると、舌の付け根まで緩みやすくなります。
力まないための日常の意識
練習のときだけ脱力しても、歌い始めると元に戻ることがよくあります。力まない状態を習慣にするには、次の3つを意識してください。
- 音量を下げて練習する:大きな声は力みを呼びます。7割程度の音量で、舌が楽なまま歌えることを確認してから音量を上げます。
- 苦しいフレーズはキーを下げる:音域の上限ぎりぎりで練習すると、舌で喉を締める癖がつきます。
- こまめに休む:舌が疲れる・痛いと感じたら、力んでいる証拠です。いったん休んで脱力の手順からやり直しましょう。
舌が上がる・引っ込むときの対策
歌で舌が上がる、舌が奥に引っ込む、口の中で舌が邪魔に感じる――これらは舌の力みが「形」として現れたものです。どの崩れ方をしているかで対策が少し変わるので、自分の癖を確認してから練習しましょう。
歌うと舌が上がる原因(特に高音)
舌が上がる原因でいちばん多いのは、高音を出すときの力みです。高い音を喉で作ろうとすると、舌の奥が持ち上がって喉の出口を狭め、息の通り道を細くして無理に音程を合わせようとします。その結果、高音で声が細く詰まる、こもる、裏返るといった現象が起こります。
見分け方は簡単で、鏡の前で低い音から高い音へ「あー」とスライドし、どこかで舌の奥がせり上がって口の奥(喉ちんこのあたり)が見えなくなれば、その音から舌が上がっています。高音ほど舌を下げたままにする意識が必要です。なお、舌先を上げる・舌を上げる動き自体は「た」「ら」などの子音に必要なもので、問題になるのは母音を伸ばしている間も奥が上がりっぱなしになることです。
舌が引っ込む・舌を引く癖の直し方
もうひとつ多いのが、舌が奥に引っ込む(舌を引く・引っ込める)癖です。舌先が下の前歯から離れて奥へ下がり、舌の塊が喉の方へ寄ってしまう状態で、声が暗くこもり、「う」「お」の母音で特に起こりやすくなります。
直し方は、舌先の置き場所を意識し直すことです。
- 舌先を前に出す練習:舌先を下の前歯の裏に当て、さらに少し前(歯の先端あたり)まで舌を出すつもりで「え」「あ」を歌います。舌を前に出す感覚が掴めたら、元の位置に戻します。
- 舌を出したまま歌う:舌を唇の外に出した状態でメロディをハミングや「あ」で歌うと、舌が引っ込めないので正しい感覚がわかります。
- 舌を引っ張るのは軽く:ガーゼで舌先をつまんで前へ引っ張り、そのまま声を出す方法もありますが、強く引くと舌の付け根を痛めます。軽く添える程度にとどめます。
舌を下げる意識の正しい持ち方
「舌を下げる」とよく言われますが、舌を力で下に押しつけるのは逆効果です。舌の奥を無理に押し下げると、今度は舌の付け根が喉頭(喉仏)を押して声がこもり、「こもった太い声」になってしまいます。
正しく下げるとは、「上がっていた力を抜いた結果、自然に下がっている」状態です。あくびの始まりのように口の奥が縦に広がる感覚を作り、舌はその床に乗っているだけ、とイメージしてください。舌を下げる練習は、力を足す方向ではなく抜く方向で行うのがコツです。
舌が邪魔に感じるときの考え方
「歌っていると舌が邪魔」「舌邪魔で口の中がいっぱいになる」と感じる人もいます。これは舌が大きいからではなく、舌が上がって口の中の空間を占領しているか、舌を出す・引っ込めるなど余計な動きが多いことが原因です。舌先を前歯の裏に置き、あくびの口で奥を広げるだけで、多くの場合は邪魔な感覚が消えます。気になる人は、次の章で解説する舌根の脱力もあわせて行ってください。
舌根(舌の付け根)の下げ方と力を抜く方法
舌根とは、舌の奥から喉につながる舌の付け根の部分です。口を開けても見えにくい場所ですが、喉の出口のすぐ上にあるため、舌根の状態は声の響きに直結します。舌根が上がると喉が狭まり、舌根を力で押し下げると喉頭が圧迫される――どちらに偏っても声は不自由になります。ここでは舌根の下げ方と、付け根の力を抜く方法を解説します。
舌根が上がるとどうなるか
舌根が上がると、喉の上の空間(咽頭)が狭くなり、声がこもる・平たくなる・高音が詰まるといった症状が出ます。発声のときに舌根が上がる人は、飲み込むときと同じ動きをしている状態で、喉仏も一緒に上がりやすくなります。
ただし、舌根を上げる動き自体が悪いわけではありません。「か」「が」や「ング」の子音は、舌根を上げて軟口蓋(上あごの奥の柔らかい部分)に触れさせて作ります。問題は、子音が終わっても舌根が上がったまま母音を歌ってしまうことです。「ンガー」と言って、「ン」で上がった舌根が「ガー」で離れて下がる感覚をつかむと、上げ下げの区別がつきやすくなります。
舌根を下げる方法と下げ方のコツ
舌根を下げる方法の基本は、あくびの形を利用することです。
- 口を縦に開け、あくびを始めるときのように喉の奥を広げる(あくびを最後までしない、始まりの形で止める)
- その形のまま、楽な高さで「ほー」「あー」と声を出す
- 舌先が下の前歯の裏に触れているかを確認し、声の響きが奥に落ちすぎていないかを聴く
舌根を下げる下げ方のコツは、「下げる」より「広げる」意識を持つことです。舌根下げるを意識しすぎて舌の奥を押し込むと、喉仏が下に押されて、こもった作り声(いわゆる「オペラ風のもごもごした声」)になります。広げた空間の床に舌根がそっと乗っている程度が適度な位置です。
舌根の力を抜くマッサージとトレーニング
舌根の力を抜くには、外側からのマッサージが手軽です。顎の骨の内側、顎の下の柔らかいところ(舌の付け根の真下)に両手の親指を当て、「うー」と声を出しながらゆっくり押し上げるようにほぐします。ここが硬く張っている人ほど、歌っているときに舌根に力が入っています。ほぐしたあとに同じ場所を触りながら声を出し、硬くならなければ舌根の力を抜く感覚がつかめています。
舌根のトレーニングとしては、次の2つが取り組みやすい方法です。
- 舌出し発声:舌を下唇の上に出したまま「あー」と音階を上下する。舌根が上がる動きを物理的に抑えられます。
- ンガ発声:「ンガ・ンガ・ンガ」と繰り返し、舌根を上げる(ン)と離して下げる(ガ)の切り替えを素早く行う。舌根の動きを自分でコントロールする練習になります。
舌の付け根が痛いとき・舌根沈下との違い
歌ったあとに舌の付け根が痛い、顎の下がだるいという場合は、舌根や顎まわりの筋肉を力ませて歌っている可能性が高いです。練習量を減らし、脱力とマッサージを優先してください。痛みが数日続く、飲み込むときにも痛い、腫れやしこりがある場合は、歌の問題と決めつけず耳鼻咽喉科を受診しましょう。
なお、「舌根沈下」は歌の用語ではなく医学用語で、意識が低下したときや睡眠中に舌根が喉の奥へ落ち込み、気道をふさいでしまう状態を指します。ボイトレでいう「舌根を下げる」とはまったく別のものなので、混同しないようにしましょう。
歌の滑舌が悪く聞こえる原因と良くする方法
普段の会話では問題ないのに、歌になると滑舌が悪い、歌詞が聞き取れないと言われる人は少なくありません。歌の滑舌は、話すときより「音を伸ばす」「メロディに合わせて発音する」「速いリズムで言葉を詰め込む」といった条件が加わるため、話し言葉とは別の原因で崩れます。ここでは歌の滑舌が悪く聞こえる原因を整理し、滑舌を良くする方法を解説します。
歌うと滑舌が悪くなる4つの原因
歌で滑舌が悪くなる原因は、大きく次の4つに分けられます。
- 1. 舌の力み・動きの遅さ
- 舌に力が入っていると、子音から母音への切り替えが遅れ、「さしすせそ」「らりるれろ」がつぶれます。速いフレーズで舌が回らないと感じるのはこのタイプです。
- 2. 口と顎の開きが不十分
- 口の開きが小さいと母音の区別があいまいになり、「あ」と「お」、「い」と「え」が混ざって聞こえます。
- 3. 息の流れが弱い・不安定
- 子音は息の勢いで作る音が多く、息が弱いと「は行」「か行」「た行」の輪郭がぼやけます。
- 4. リズムに言葉が乗っていない
- 子音を拍の頭に合わせられず、言葉が遅れたり詰まったりすると、発音自体は正しくても歌の滑舌が悪く聞こえる原因になります。
歌の滑舌を良くする方法
滑舌を良くする方法は、原因に合わせて選びます。どの原因にも共通して効くのは、次の3つです。
- 子音を短く、母音を長く:子音は拍の頭で素早く発音し、すぐ母音に移ります。子音を引きずると言葉が重く聞こえます。
- 母音をはっきり作る:歌詞を母音だけで歌う「母音唱」をしてから歌詞に戻すと、母音の形が崩れにくくなります。
- ゆっくりから速くする:速いフレーズは、テンポを半分に落として正確に言えてから、少しずつ元のテンポに戻します。
滑舌をよくするというと早口言葉を思い浮かべがちですが、歌の場合は「母音で響きをつなぎ、子音を素早く差し込む」感覚のほうが大切です。滑舌を良くするための具体的な練習メニューは次の章で紹介します。
滑舌が下手でも歌で改善できる理由
「もともと滑舌が下手だから歌も不利」と考える人もいますが、歌の滑舌は練習で改善しやすい分野です。歌はメロディとリズムが決まっているため、どこで子音を入れ、どこで母音を伸ばすかをあらかじめ設計できます。苦手な言葉が入る箇所だけを抜き出して練習すれば、短期間でも歌詞の聞き取りやすさは大きく変わります。録音して聴き返し、どの行が聞き取りにくいかを確認してから練習すると効率的です。
歌の滑舌トレーニングと練習方法
ここからは、歌の滑舌を上げるための具体的な練習メニューです。滑舌トレーニングは「舌をほぐす → 舌を動かす → 言葉にする → 歌に戻す」の順で行うと、ほぐした状態のまま歌に移せます。1回10〜15分程度で十分なので、歌の練習の前に習慣にしましょう。
舌回しのやり方と効果
舌回しは、口を閉じたまま舌先で歯ぐきの外側(唇と歯の間)をなぞるように、ぐるりと円を描く運動です。右回り10回・左回り10回を1セットとして、1〜2セット行います。
舌回しの効果は、舌の付け根から舌先までの筋肉がほぐれ、動きがなめらかになることです。歌う前に行うと、舌が回らない感覚や、子音でもたつく感覚が軽くなります。頬や口のまわりの筋肉も一緒に使うので、表情筋のウォーミングアップにもなります。慣れないうちは舌の付け根がだるくなるので、回数を少なめから始めてください。
舌を動かす発音トレーニング
舌をほぐしたら、舌を素早く動かす練習に移ります。
- パタカラ:「パ(唇)・タ(舌先)・カ(舌の奥)・ラ(舌先のはじき)」を「パタカラ、パタカラ」と繰り返します。唇・舌先・舌根を順番に使うので、滑舌の練習として定番です。
- ラ行の連続:「ラララ」「レロレロ」を速く、舌先だけで軽くはじくように言います。舌全体が動く人は力んでいます。
- タングトリル(巻き舌の練習):舌先を震わせながら「トゥルルル」と声を出す練習で、舌の脱力と息の流れを同時に整えられます。やり方はタングトリル(巻き舌)の解説で詳しく紹介しています。
歌詞を使った滑舌の練習
発音トレーニングだけでは、歌に戻したときに元に戻りがちです。仕上げに歌詞そのものを使って練習します。
- 歌詞をリズムに合わせて「話す」ように読む(メロディはつけない)
- 同じ歌詞を母音だけで歌う(「さくら」なら「あうあ」)
- テンポを半分程度に落として、歌詞で歌う
- 少しずつテンポを上げ、原曲のテンポで歌う
早口の歌詞が多いボカロ曲は、滑舌の練習曲としても人気があります。ただし、いきなり原曲のテンポで歌うと舌が力むだけなので、上の手順でテンポを落としてから取り組んでください。発音の明瞭さを歌の表現として磨く方法は、アーティキュレーションの解説も参考になります。
舌の筋肉を鍛えるトレーニングとストレッチ
舌の使い方を安定させるには、脱力と同じくらい「必要なときに素早く正確に動かせる筋力」が大切です。舌は筋肉のかたまりで、腕や脚と同じようにトレーニングで動きが良くなり、使わなければ衰えます。ここでは舌の筋肉の仕組みと、歌のための舌の筋トレ・ストレッチを紹介します。
舌の筋肉と舌骨の仕組み
舌の筋肉は、大きく2種類に分けられます。
- 内舌筋:舌の中にある筋肉で、舌を細くする・平たくする・丸めるなど、舌の形を変えます。母音ごとの舌の形や、子音の細かい動きを担当します。
- 外舌筋:舌の外側の骨(下顎・舌骨など)とつながる筋肉で、舌を前に出す・引く・上げる・下げるなど、舌の位置を動かします。舌が引っ込む・上がるといった崩れは、主にこちらの力みです。
そして舌の土台になっているのが、喉仏の少し上にあるU字型の舌骨です。舌骨はほかの骨と関節でつながっておらず、上下の筋肉(舌骨上筋群・舌骨下筋群)に吊られて浮いている珍しい骨です。舌骨につく舌骨筋が力むと舌と喉頭が一緒に引き上げられるため、舌の力みが喉の締まりにつながる理由もここにあります。
歌のための舌の筋トレ
舌を鍛えるトレーニングは、道具なしでどこでもできます。1日1〜2回、各10回程度から始めてください。
- 舌出しキープ:舌をまっすぐ前に出し、力を入れすぎずに5秒キープ→戻す。舌を出す外舌筋の練習です。
- 左右タッチ:舌を出したまま、口角の右・左に交互にタッチします。顎は動かさず舌だけで動かします。
- 頬押し:口を閉じ、舌先で頬の内側を右・左と押して5秒キープ。舌の持久力がつきます。
- 上あご押し:舌全体を上あごにぴったり押し当てて5秒キープ→ぱっと離す。舌の奥まで使うので、舌の筋肉全体の筋トレになります。
舌の筋力は加齢とともに落ちやすく、舌の老化は滑舌の低下や飲み込みにくさにもつながると言われます。年齢を問わず、歌う人にとって舌のトレは声の若さを保つ習慣にもなります。
舌のストレッチ
筋トレで使った舌は、ストレッチで伸ばしてから歌に入ると力みが残りにくくなります。
- 舌の前方ストレッチ:舌をできるだけ前・下(顎の先)に向けて伸ばし、10秒キープ。舌の付け根が伸びる感覚があれば十分です。
- 舌の上方ストレッチ:舌先を鼻の頭に向けて伸ばし、10秒キープ。
- 顎下ほぐし:前の章で紹介した顎の下のマッサージで、舌骨まわりをほぐします。
首や肩、背中のこわばりも舌と喉の力みにつながります。全身のストレッチはボーカルストレッチの方法で部位別に紹介しています。
巻き舌で歌うやり方とコツ
巻き舌は、舌先を震わせて「ルルル」「ドゥルル」という音を出す発音です。ロックやシャウトで言葉に勢いをつける、演歌や歌謡曲で語頭にアクセントを入れる、ラテン系・イタリア語の歌を本場らしく歌う、といった場面で使われます。巻き舌がうまい歌手の歌い回しに憧れる人も多いでしょう。ここでは巻き舌のやり方と、歌で使うコツを解説します。
巻き舌のやり方
巻き舌というと「舌を巻く(丸める)」と思われがちですが、実際は舌先を丸めるのではなく、脱力した舌先を息で震わせる動きです。
- 舌先を置く:舌先を上の前歯の裏の歯ぐき(少し膨らんだところ)の近くに、触れるか触れないかくらいで置きます。
- 舌を脱力する:舌先に力が入っていると震えません。舌の両側を上の奥歯に軽く添え、舌先だけをふわっと浮かせます。
- 息を強めに当てる:「トゥルルル」「ドゥルルル」と言いながら、舌先に息をぶつけるように吐きます。「ト」「ド」の勢いを借りると震えが起こりやすくなります。
最初は一瞬しか震えなくて当たり前です。1日数分でも続けると、多くの人は少しずつ震える時間が伸びていきます。巻き舌の練習そのものは、ボイトレのタングトリルと同じ動きです。
巻き舌で上手く歌うコツ
巻き舌を歌で使うときのコツは、次の3つです。
- 使う場所を絞る:歌詞のすべての「ら行」を巻くとくどくなります。サビの頭やフレーズの語頭など、強調したい1〜2か所に絞ると効果的です。
- 短く入れて母音へ抜ける:巻くのは子音の一瞬だけ。すぐ母音に移り、母音は普段どおりの舌の位置で響かせます。
- リズムの頭に合わせる:巻き舌は音が長くなりやすいので、少し早めに入って拍の頭で母音が鳴るようにします。
イタリア語の巻き舌と歌
イタリア語やスペイン語では、「r」の音を巻き舌で発音します(例:イタリア語の「Roma」の語頭の r や「terra」の rr)。クラシック声楽やカンツォーネ、ラテン系の曲を原語で歌うときは、この巻き舌ができるかどうかで発音の本場らしさが大きく変わります。イタリア語の歌で巻き舌がうまくできない場合は、まず「tr」「dr」の組み合わせ(「トゥル」「ドゥル」)から練習すると、舌先の震えを作りやすくなります。
舌の長さ・厚みと歌の上手さの関係
「舌が長い人は歌が上手い」「舌が短いから歌が下手」「舌が分厚いから滑舌が悪い」といった話を耳にすることがあります。舌の長さや厚みは人によって違いますが、歌の上手さを決める要素としての影響は、多くの人が思っているほど大きくありません。ここでは、生まれつきの舌の特徴と歌の関係を整理します。
舌が長い・短いと歌は下手になるのか
舌の長さは個人差があるものの、舌が長いから歌が上手い、舌が短いから歌が下手という関係は、一般的には成り立ちません。歌に必要なのは、舌を長く伸ばす能力ではなく、口の中で素早く正確に動かし、使わないときは脱力しておく能力だからです。
- 舌が長い人:口の中で舌が余りやすく、力むと奥で盛り上がって声がこもることがあります。舌が長いのに歌が下手と感じるなら、長さではなく舌の位置と脱力を見直しましょう。
- 舌が短いと感じる人:舌先を前に出す筋力や柔軟性が足りず、短く感じているだけのことも多いです。前の章の舌出しキープやストレッチで、動かせる範囲が広がることがあります。
舌が分厚い・大きいと感じる場合
舌が分厚い、口の中で舌が大きすぎると感じる場合も、多くは舌の力みで舌が縮こまって盛り上がり、実際より大きく感じている状態です。舌を下唇に乗せて脱力すると、舌は平たく広がって薄くなります。この「平たい舌」の感覚を口の中でも保てれば、分厚さは気にならなくなります。歯の跡が舌のふちにつくほど舌が歯に押しつけられている人は、無意識の食いしばりや力みがないか確認してみましょう。
舌小帯・低位舌など注意したいケース
一方で、練習だけでは改善しにくいケースもあります。
- 舌小帯短縮症
- 舌の裏側と口の底をつなぐひだ(舌小帯)が短く、舌先が十分に持ち上がらない状態です。舌を前に出すと舌先がハート形にくびれる、ラ行やタ行、サ行が発音しにくいといった特徴があります。気になる場合は、耳鼻咽喉科や口腔外科、歯科で相談してください。
- 低位舌
- 安静時の舌が上あごにつかず、下の歯の方へ落ちている状態を指します。口呼吸の習慣と関係していると言われ、舌の筋力が弱いサインでもあります。歌う瞬間の「舌先は下の前歯の裏」とは別の話で、普段の口を閉じているときの舌の位置の問題です。歯並びなどに関わるため、気になる場合は歯科医に相談しましょう。
まとめると、舌の長さや厚みのような生まれつきの特徴より、舌の位置・脱力・動きの速さといった練習で変えられる要素のほうが、歌への影響ははるかに大きいと考えてください。
よくある質問
- 歌っているときに舌を噛むのはなぜですか?
- 舌が前に出すぎているか、顎の開閉と舌の動きのタイミングがずれていることが多いです。速いフレーズで顎を大きく動かすと起こりやすいので、顎の動きを小さくし、舌先を下の前歯の裏に収めたまま子音を発音する練習をしましょう。頻繁に噛む場合は、テンポを落として同じ箇所を練習してください。
- 舌ピアスをしていると歌に影響はありますか?
- 舌ピアス(舌ピ)をしながら歌っている歌手もいますが、開けてから腫れが引くまでの期間は舌が動かしにくく、発音しづらくなります。落ち着いたあとも、金属が歯に当たる、ラ行やタ行で違和感があると感じる人はいます。歌への影響が気になる場合は、ピアスを外した状態と録音で比べてみるとよいでしょう。
- 舌の位置はどのくらいで身につきますか?
- 個人差はありますが、毎日数分でも鏡を見ながら確認を続けると、数週間ほどで「舌が上がった」「引っ込んだ」に自分で気づけるようになる人が多いです。気づけるようになれば、歌いながら修正できるようになります。
- 一人で練習しても舌の力みが取れません。
- 舌の力みは息の支えや喉の使い方と連動しているため、舌だけを見ていても原因が特定できないことがあります。自分では気づきにくい癖は、ボイストレーナーに実際の発声を見てもらうのが近道です。
まとめ
歌うときの舌の使い方は、「正しい位置に置き、余計な力を抜き、必要なときだけ素早く動かす」の3つに集約されます。
- 舌先は下の前歯の裏、舌の中央はなだらか、舌根は押し込まず自然に下げるのが基本の位置
- 舌に力が入る原因は、息・顎や喉・高音の出し方の無理。原因ごとに対策し、舌は脱力から整える
- 舌が上がる・引っ込むときは、舌先の定位置とあくびの口を意識する。舌を下げるのは力を抜いた結果
- 舌根は上がりすぎても押し下げすぎてもNG。マッサージとンガ発声で調整する
- 滑舌は舌・口と顎・息・リズムの4つで決まる。ほぐす→動かす→言葉→歌の順で練習する
- 舌の筋トレ・ストレッチ、巻き舌の練習で、舌を自在に動かせる状態を作る
舌の癖は自分では見えにくく、息や喉の使い方ともつながっているため、独学で行き詰まることもあります。プロのボイストレーナーに一度発声を見てもらうと、自分の舌がどう崩れているのかが短時間でわかります。お近くのボイトレ教室はボイストレーニング教室検索から探せるので、体験レッスンで舌の使い方をチェックしてもらうのもおすすめです。発声の基本全体を見直したい人は、ボイストレーニングの基礎もあわせて読んでみてください。

